大いに喜べ
ヨハネの#40665;示#37682;12章12-16節
喜びを順に#20006;べると、上手に#38306;係を築くこと、よく食べ、よく#23517;、愛するとき、成功したときという言葉がありますが、そのためには健全な#38666;を持たなくてはなりません。大いなるしるしである、天の#25126;#20105;を#25126;うために神は私たちに喜べと命令されます。どうして喜ばなくてはならないのでしょうか。
一、#24746;魔の時が#27531;り少ないからです。
イェスの復活と昇天の後、#24746;魔が決定的に敗北し、天での居場所を失い、激しく怒りながら地へ下ったといいます。初臨から再臨まで、#24746;魔の時が短く、結局、#24746;魔も炎と硫#40644;の二度目の死、#21363;ち、地獄に落ちることが決まっているため、すべての人間を#24059;き添えにしようと最後のあがきをしているのです。ですが、イェスが共生涯を始められながら40日間にわたるサタンの試#39443;を受け、すでに神の#22269;が臨まれたことを見せてくださいました。また、とらわれた人#12293;を救うためにこの地へ下り、もっとも#24375;いとするサタンと#25126;い勝利し、サタンを捕らえられたから、私たちに喜べと命令できるのです。人が激しく怒るほどサタンの時が#27531;り少ないことを悟り、客#35251;的に分別し、サタンが追い出されるときに起こる救いのために、喜べとおっしゃるのです。望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事#23455;を確認することが信仰です。
二、迫害も養育の時間であるため、喜ばなくてはなりません。
イェスを産んだ女、#21363;ち、#25945;#20250;を迫害するとおっしゃいます。#65378;迫害する#65379;は、ヘブライ語で#65378;追う#65379;と#32763;#35379;できます。金#12539;女#12539;名#35465;#12539;#23398;#27508;#12539;酒#12539;この世の成功へと向かって追い#32154;けるほど、信仰深い女を嫌うようになります。#22793;わる前のパウロは情熱でいっぱいでしたが、本物が何かを知らず、劣等感いっぱいで心に平和のない#29366;態でした。そんなある日、みことばがラッパの音のように聞こえ、無意識的な#38666;的な苦しみが一#27671;に吹き飛び、氏名まで#19982;えられました。精神分析#23398;者のビルヘルム#12539;ステ#12540;ケルは#65378;未熟な人の特#24500;は大儀のための高貴な死を望む。だが、謙遜な人は大儀のために謙遜に生きることを望む#65379;といいました。女がわしの羽を#19982;えられ、自分の場所である荒野へ飛び、養われたといいます。モ#12540;セのミディアン、ダビデの避難地、パウロの海と牢獄、使徒ヨハネのパトモス島、洗#31036;者ヨハネの荒野、エリヤのホレブ山、ヨナの魚のお腹の中、ロ#12540;マに住むキリスト人の地下監獄のように、危機の度に主が#19982;えられた避難所が、私たちそれぞれの荒野であり養いの場(養育の場)です。私たちはただちゃんと待っていればいいのです。
三、どんな潮流にも流されないように守ってくださるから、喜びがあるのです。
荒野できちんと養育を受け、迫害と訴訟を克服しようって時にサタンが水を川のように吐き出し、押し流そうとします。平安と安逸、快#27005;主義、資本主義、無神論、偶像崇#25309;、この世の誘惑、ヒュ#12540;マニズム、科#23398;主義、異端、世の風潮などのような潮流が流れ#36796;み、#25945;#20250;を苦しめ聖書に基づいた#20385;値#35251;を押し流してしまおうと攻#25731;してきます。ですが、奇跡的に地が口を開き水を#39154;み#36796;みます。コラ人がモ#12540;セに敵#23550;したとき、地が割け#24746;人を#39154;み#36796;みました。サウルがダビデを捕らえようとしたときも、ペリシテ軍が追ってこれなくさせましたし、韓#22269;のキリスト#25945;の指導者を殺そうとしていた日本に原子爆#24382;の投下で審判され、8月15日に日本の支配下から出してくださいました。このように、女を助けてくださった例はたくさんあります。100年前32#27507;#29420;身できた故ソ#12539;ソピョン宣#25945;師は#65378;成功ではなく仕えることだ(Not success but service)#65379;という座右の銘を元に劣#24746;な#29366;況でも#29486;身的にやもめや孤#20816;を養い、キリスト#25945;へ大いに貢#29486;しました。子を育てても、夫婦間でも、職場でも、喜ぶことがすべての人を主の元へと導く秘訣であると信じます。