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子羊の怒り
ヨハネの#40665;示#37682;6章7-17節
子羊は#28201;柔な方です。ですが、その子羊が今日、お怒りになられたといいます。常に怒ってばかりいる人より、一度怒ったらそれっきりの人のほうが怖いものですが、今日子羊はどういう風にお怒りになられたのでしょうか。
一、陰府(#40644;泉)の死でお怒りになりました。
今日の4番目の封印が解かれるとき、#38738;白い馬に#20055;った者が死の名で訪れます。血の#27671;のない蒼白な色で、病と死#20307;と死の色で登場します。肉的#12539;精神的#12539;#38666;的な心細さにより#38738;白い馬の招待を受け入れたくなりますが、自らの足で陰府に向かうことは、子羊の審判を招くことになります。自分がどうしようもない罪人であることを悟り、主のためにだけ生きる人こそが本#24403;の自尊感を回復した人です。主が#39658;を一握りつかみあげたとき、引かれていかなくてはならないのに、この世に根を深く張り、引き#25244;かれまいとするから、#39658;がすべて#25244;き取られてしまうのです。全#22269;的に辱めを受けたある歌手は父が牧師であり、幼いころから愛を受けていたため、無意識の自尊感で早く回復しました。どんな場合でも、子羊に#20250;わないと問題は解決しません。環境が#22793;わるから解決できるわけではないのです。
二、#38666;的な死で子羊の怒りを表されます。
#40665;示#37682;は#21336;純な災いと審判の本ではありません。主の優しい配慮と慰めがいっぱい詰まっているということを前提に#35501;まなければなりません。同じ死ですが、陰府の死があり、永生の死があります。CSルイスは平凡な自己否定を通して救われる人もいれば、#27531;酷な殉#25945;を通して救われる人もいます。どんな役割をどの人に#19982;えるのかわからないといいましたが、ウリドル#25945;#20250;の苦境にいる方#12293;を見ていたら、わかるような#27671;がします。浪人生の集まりでは、いつも合格したら悔い改め、落ちたら感謝せよと唱えています。ある執事さんの息子さんが大#23398;入試で落ちた日、牧場(スモ#12540;ルグル#12540;プ)の人たちに感謝しますと、メッセ#12540;ジを送ったそうです。セジョン王(ハングルを創った王)のドラマで、トルボクの父が息子に#27531;した遺書には#65378;私は字を知らなかったからこういうことが起きた。お前は字を#23398;び、主人によりうまく仕えなさい#65379;と書かれていました。これが殉#25945;者の祈りです。主のお#22768;を聞き、待つことが安息です。
三、宇宙的な死を下します。
太陽、月、星が落ちる宇宙的災い、死を下すとおっしゃいます。 私たちはみな、#65378;怒りの大いなる日が#26469;た。 だれがその前に立つことができようか#65379;という質問の前に立たなくてはなりません。本#24403;に太陽のようであり、月のようで星のような日#12539;月#12539;星がみな落ちてしまってここにきましたか?それが祝福です。オバデヤ1章によると、岩のはざまにおり、高い所に住む者よ、あなたの心の高ぶりがあなたを欺く、と書いてあります。私の家族は北朝鮮の地で、99年間14代に渡り同じ家出すみ#32154;けていました。絶#23550;滅んだりなどするはずもないと、思っていましたが、共産主義がきてその地を全部取り上げ、私も夫との結婚が宇宙的な災いだったため、結局はイェスに#20250;いました。何事も偶然などありません。子羊の怒りにより審判を救いに#22793;えなくてはなりません。苦#21172;ばかりで終わりますか、それとも苦難に#22793;え、使命を#25285;いますか?
四、神の本心はまだチャンスはある、です。
お怒りになられる理由はまだチャンスがあるからです。本文によりますと、地の四分の一を支配する#27177;威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の#29539;らとによって人を殺すとありますが、#23455;は四分の三は#27531;ったということです。怒りという要素がないと子羊も完全な人格#23550;になれません。子羊とひとつとなった私たちを通してこの世に子羊の怒りが現れなくてはなりません。そのためには聖なる生活を生きなくてはなりません。今、ある事件と環境は、私を純金のような祭司となさるための事件と環境なのです。それが神の本心であり、子羊の本心です。主を愛す熱い愛と熱情で自分を#28288;たし、主のために生き、主のために死ぬ、そんな信者になるために、こうして子羊の怒りを通して絶えず#25147;ってこいとおっしゃいます。子羊の怒りから免れるためにくださるその愛を心で理解し感じてください。